健康睡眠プロジェクト

桑田真澄さん × 枝川義邦先生 対 談意識の変化

第3回

元プロ野球選手の桑田真澄さんと脳神経科学を専門とする早稲田大学の枝川義邦教授との対談をお届けする同企画。前回は、「脳の働き」をテーマに、「脳トレ」や「どういう言葉を口にすればポジティブな考え方に変わるか」などについて対談していただきました。さて、第三回テーマは「意識の変化」です。

野球が楽しいと思えた瞬間は?

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枝川:桑田さんの野球人生の中で、野球が楽しくなった瞬間というのはありますか?

桑田:野球は2歳から始めたんですが、本当に楽しくなったのは中学生の頃からですね。中学生の時に急激に上達したことで、野球が本当に楽しくなりました。

枝川:きっかけはありましたか?

桑田:小学生の頃はコーチや先輩からしごきがありましたし、技術的にも一方的な指導を受けていました。中学校の野球部に入った頃に自分に合ったフォームを見つけたんですが、部活だったので技術指導のコーチがいなくて、誰からも矯正されることなく自由に投げることができたんです。

枝川:どこかを分岐点に、例えば一日中野球のことばっかり考えているなどといったように、桑田さんの中で野球に関わった割合が変化していったと思うのですが、どのタイミングで変化したとお考えでしょうか?

桑田:僕は昔からプロ野球選手になるのが夢だったんですが、中学時代に自分なりに考えたフォームで結果が出たことで、より前向きな気持ちで野球に取り組むようになったと思います。実は、僕は小学生の頃は学校で劣等生だったんです。でも中学に入って「PL学園、早稲田、巨人のエース 」という目標を持つようになったら、徐々に勉強も野球の成績も上がっていきました。

「やる気」と「その気」

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枝川:心理学に「セルフエフィカシー」、日本語では「自己効力感」というものがあります。目の前にハードルとか壁があった時に「自分はそれを越えられる」という、つまり自分に対する自信を表す考え方です。私たちが何かをするときには「やる気」と「その気」が大切、という話をするんですけど、ここでいう「やる気」とはモチベーションのことで、「その気」にあたるのが「セルフエフィカシー」です。本人が「その気」になっているかどうかは、結果に対する影響力が大きくて、なおかつ、「やる気」と「その気」は車でいう両輪のような関係なのです。「やる気」ばっかりが高くても「その気」が低いと空回りしちゃうんですね。そしてもう一つ、「やる気」と「その気」はお互い関係しあっているので、「やる気」が高くなると「その気」が高くなって、「その気」が高くなると「やる気」も上がるようになります。

桑田:それでやる気も出てどんどん成長していくんですね。

枝川:例えば何かのきっかけで成功体験を積むと、もう一回そのハードルを跳ぼうという気になりますが、それでさらに成功体験を積み重ねると「その気」がどんどん上がってくるんです。

野球教室の子どもたちへの教え

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枝川:ところで、野球教室ではどんな教えを?

桑田:もちろん技術面も指導しますが、僕が一番伝えようとしているのは「バランス」なんです。どのスポーツもそうかもしれませんが、野球界は練習、練習、練習と長時間の練習をしますが、その割に上手くならないんです。熱心な親やコーチほど子どもを野球漬けにしようとしてしまうんですが、選手の競技力を上げるには練習、栄養補給、休息のバランスが必要です。そしてもう一つ、若いアマチュア選手には野球、勉強、遊びのバランスも重要です。合理的な思考法や相手の気持ちを察する観察力は野球が上手くなるうえで必須なのですが、こうした力を養うには勉強と遊びが一番有効だと思います。

枝川:いま、桑田さんが仰ったことがすべてを語っていると思うんですけど、最近特に、脳と身体の関係性がすごく強いといわれています。身体は脳からの指令で動くというのは、皆さんも当然のように理解されていると思うのですが、身体感覚が脳に影響を及ぼしている要素ってすごく大きいこともわかってきています。フィジカルな部分もそうですし、胃腸の「腸」もそうで、腸の中の状態というのも脳にすごく影響を及ぼしています。感情もそうですし、意思決定をするときも身体の感覚がすごく大事だといわれています。脳で意思決定するよりも先に身体の方が反応しているともいわれているぐらいですから、身体もやっぱり鍛えないといけないし、身体を鍛えている人は脳も鍛えないといけない。両方からアプローチするのが重要だと思うんです。

一流になるためには1万時間の
努力が必要?

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枝川:「1万時間の法則」というのがありまして、「何でも一流になるには1万時間必要だぞ」という話です。脳の働き、例えば数学の問題を考え続けた人が、数学の学者のようになるのにもやっぱり1万時間ぐらいに敷居があるといいますし、技能を身に付けるのにも大切だといいます。ピアノもそうですし、ヴァイオリンもそう。野球とかゴルフもそうだと思います。

桑田:かなりの時間を要するわけですね。

枝川:はい。しかも、漠然と1万時間やればいいだけじゃないんです。効率よくやらないといけないし、成果を意識しながらやらなければいけない。長い期間、意識的に携わっていくというのが重要なことです。そうするとやはり楽しいことが大切ですし、一日の中でバランスよくしなきゃいけない、長期戦ですから身体も休めないといけないし、脳も休めないといけない、となります。となると、例えば野球なら野球を生活の一部として据えていくということが必要だと思うんですね。そこで、やはり睡眠は外せないキーワードになると思います。きちんと睡眠をとりながら、しかも良い睡眠をとりながら長く続けていくことで、それが遠回りのように見えて、実は野球が上手くなる近道なんじゃないかなと思います。

子どもに起床時間を
聞くことは重要?

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枝川:子育てはどのように?

桑田:26歳と24歳になる息子がいるのですが、彼らに「明日何時に起きるの? そこから逆算して寝る時間を決めなさい」と言うことがあります。僕の経験上、睡眠不足だとやる気も集中力も出ないからです。

枝川:何時に起きるの?って言って起きる時刻を意識させるというのは、ご本人も含めてすごくいいですね。「何時に起きるぞ」と強く思ってから眠ると、起きようとした数時間くらい前から起きる準備にホルモン分泌も始まってくるんです。意識的にそうすることで目標とした時刻にすっと起きられるようになることが知られていますので、簡単な声掛けのように見えますが、すごく有効だと思います。

桑田:アメリカでプレーしていた時は早朝の移動が何度もあったんです。そういう時はもちろん目覚まし時計もかけますが、それに加えて寝る時に「明日絶対5時に起きる、5時に起きる、5時、5時、5時!」と自己暗示をかけていたんです。こんな自分なりの方法にも、科学的な根拠があったんですね!

枝川:そうなんです。桑田さんが何気なくされていることは理にかなっていたということですね。

——— 桑田さん、枝川先生、ありがとうございました。今回は、「やる気とその気」や、「一流」になるために費やす時間のほか、子育てなどについて対談していただきました。次回最終回は「良質な睡眠」をテーマにお届けします。

PROFILE桑田 真澄

くわたますみ/1968年生まれ。野球解説者、野球評論家。PL学園高校で5季連続甲子園大会に出場し、通算20勝しエースとして活躍する。1985年、読売巨人軍にドラフト1位指名で入団。プロ入り2年目に2桁勝利し沢村賞を獲得、94年には年間MVPに選ばれた。1995年に右肘靭帯断裂の重傷を負い一時戦線離脱をするが、手術を受けて1997年に復帰。2002年最優秀防御率。2006年にはメジャーリーグへ挑戦を表明し、ピッツバーグ・パイレーツに入団。2007年6月にメジャー初登板。2008年に現役引退。2010年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。現在は東京大学大学院総合文化研究科特任研究員として研究を続けている。野球解説、評論、執筆活動、講演活動も行っている。

PROFILE枝川 義邦

えだがわよしくに/1969年生まれ。早稲田大学研究戦略センター教授(早大ビジネススクール兼担講師)。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)。2007年早稲田大学ビジネススクール修了、MBA(経営学修士)。同年早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。脳の神経ネットワークから人間の行動まで、マルチレベルな視点による研究を進めており、経営と脳科学のクロストークを基盤とした執筆や講演も行っている。著書に『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)、『記憶のスイッチ、はいってますか』(技術評論社)、『タイプが分かればうまくいく!コミュニケーションスキル』(共著、総合法令出版)などがある。

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